邪馬台国とか空白の四世紀とかいつになったら判明するんだ?

1 : 2026/02/19(木) 00:04:08.70 ID:g7yIfKt/0
2 : 2026/02/19(木) 00:04:26.82 ID:7KCd0RzKd
サボってただけだぞ
3 : 2026/02/19(木) 00:04:47.55 ID:1a9Fh8bS0
タイムマシンで見にいけるようになってほしい
4 : 2026/02/19(木) 00:05:35.19 ID:v1haiRDh0
まあいいじゃんそういうの
5 : 2026/02/19(木) 00:07:11.78 ID:a2EgdVYP0
ああいうの全部嘘でした
6 : 2026/02/19(木) 00:10:08.67 ID:MuBe1tnK0
『空白の四世紀』って名前だけが独り歩きしてるけれど、単に中国から見て空白ってだけだよ。
中国本土は4世紀初頭に内戦で五胡十六国時代に入り、東夷と交流していた楽浪帯方両郡を314年に失陥してる。
東方への窓口を失った4世紀の中国が東方世界のことを書かなくなるのは当然のこと
19 : 2026/02/19(木) 00:32:17.90 ID:tyrDvKDI0
>>6
北朝に行くルートは高句麗が妨害してるし、南朝は遠いし政情は不安定だったからね
なんか言葉だけ独り歩きして日本がブラックホールにでも吸い込まれたと思いこんでる人多いよね

むしろ考古学的に見ると日本の統合が順調に進んでいく様子が見える
倭王武の上表文の四方を討って統一を進めているという記載はだいたいその通りだと言えるね

7 : 2026/02/19(木) 00:10:27.81 ID:SkcRW1/j0
現代社会ですら1年前の公文書を捏造 隠蔽廃棄する国で歴史なんて 何の価値もない
8 : 2026/02/19(木) 00:11:35.17 ID:dovMUDWU0
まあ永遠にわからんでしょ
9 : 2026/02/19(木) 00:13:28.80 ID:a/VdwPhjM
卑弥呼がいるのかも怪しい
10 : 2026/02/19(木) 00:15:51.57 ID:whYqO26E0
全部更地にして発掘しまくればわかるかもな
11 : 2026/02/19(木) 00:16:03.47 ID:UVtRt6Gza
明の時代になっても宣教師以下のデタラメジャップ紀行を記してる父さんの記述を信用するのが頭中華思想なだけ
13 : 2026/02/19(木) 00:20:25.06 ID:tyrDvKDI0
考古学の発展でおおよその流れは明らかになってるね
雄略天皇の実在がほぼ確実な事から考えると大王の具体的な実在とかはともかくだいたい史書の流れに合致してるね

そう考えると定説外の突飛なものはなく、やはり奈良を中心とした勢力の拡大と発展が当時の流れの土台だと分かるね

14 : 2026/02/19(木) 00:22:49.49 ID:tyrDvKDI0
弥生時代の終末期に奈良に中心的な勢力が誕生してこれが次第に全国の統合を強めて行く流れだね
系譜とかはともかくとしてこの奈良を起点とした勢力が後の大和朝廷の前身だと考えるのが自然だね

考古学の発展で記紀の嘘を暴くとか言って広まった流れが逆に記紀の記載が案外史実に沿ったものであるのが見えてきたね

15 : 2026/02/19(木) 00:27:25.76 ID:SHP+LPN70
暗黒時代とかもう解明のしようがないよね
16 : 2026/02/19(木) 00:28:14.90 ID:UKrPetVn0
もうChatGPTに描いてもらおう
17 : 2026/02/19(木) 00:29:24.19 ID:MuBe1tnK0
俺は福岡の那珂八幡古墳に銀印青綬が眠ってると睨んでる。卑弥呼に渡された金印ではなく銀印の方な。

邪馬台国の所在地がどこにあろうと外交をするためには玄界灘を抑えており対外交易の中心地だった奴国を使わなければいけないわけだが
とすれば奴国王墓の那珂八幡古墳(古代から神社が上に建ってるので発掘できない)に魏からの下賜品が眠っている蓋然性はとても高いと言えるだろう。

余談だが、魏志倭人伝に登場する外交大使の難升米(ナンシメ)は多分日本語にすると「ナ(国名)の(格助詞)シメ(職掌名)」で奴国人だ。だからいつか非破壊検査で福岡の那珂八幡古墳を見れるようになれば必ず何か見つかる。

18 : 2026/02/19(木) 00:29:55.77 ID:wadbRQFxM
大火の改新で燃やしたの忘れたの?
20 : 2026/02/19(木) 00:33:03.53 ID:Y/8OgFEy0
こういう昔の謎を気にしてる奴いるけどそれを経て今がこんな感じですって解ってんのに何でそんなに気になるのって感じ
それが分かったからって自分の人生が何か変わるわけでもないのに
21 : 2026/02/19(木) 00:36:16.17 ID:1a9Fh8bS0
>>20
ミステリアスなものに惹かれるんやわ
未解決事件とかもすごい気になってしゃーない
たしかに考えても時間の無駄と言われればそれまでなんだが
人間の思考回路って不思議やね
22 : 2026/02/19(木) 00:38:37.56 ID:h32gLxkSd
九州で栄えたヤマト国がなぜ奈良へ移ったのか
謎すぎる
24 : 2026/02/19(木) 00:41:38.59 ID:MuBe1tnK0
>>22
奈良は瀬戸内海交易路の最東端に位置し、かつ初瀬街道を東に進めば中勢から東日本太平洋岸に出られる立地だった
まさに「東日本と西日本が出会う場所」だったのだ。そういう所にビジネスチャンスを求めて移住した一団が、ヤマト王権を開いたんだろう出土遺物もそんな様相だし
23 : 2026/02/19(木) 00:39:08.29 ID:MuBe1tnK0
中国の崩壊という大イベントが東夷世界秩序の再編を促したという点をもっと注目するべきだろうね。当時の中国は言うまでもなく圧倒的な世界最強国。それがぶっ壊れたんだから今で言えばアメリカが突如内戦突入するようなもの

当然交易網は再編され、後ろ盾を失った国は倒れ、新たな勢力が台頭し、楽浪帯方から流出した技術者達は東夷世界に文明を齎した。特にもともと中国が在地勢力が団結しないよう外交工作していた朝鮮半島など
あっという間に再編が進んで馬韓は百済に、辰韓は新羅に飲み込まれていくのである。これが空白の四世紀

25 : 2026/02/19(木) 00:42:28.95 ID:PAWHaLEf0
現天皇家が敗れ去った時に明らかにされるだろう。
その代わりやって来るのがサナなんで停滞せざるを得ない。
あと、邪馬台国九州説が未だに元気なのは麻生のせい。
26 : 2026/02/19(木) 00:42:45.37 ID:xv9gaGzR0
判明とか幻想だろ
納得できるほうがおかしい
27 : 2026/02/19(木) 00:44:42.05 ID:MuBe1tnK0
ヤマト王権最初の都が築かれた纒向の地には古代から異名があった。

それは「大市(おほいち)」…つまりビッグバザールだ。東日本の物品商人と西日本の物品商人がここで交流していた名残が地名として残存している。その市場の管理者に名乗りを上げ莫大な利益を得た大首長こそ、後に大王、そして天皇と呼ばれるまでの威勢を手に入れた一族の祖先なのである。

28 : 2026/02/19(木) 00:46:10.03 ID:MuBe1tnK0
古代の九州人や岡山人や名古屋人が奈良に移動してヤマト王権を築いたのにはちゃんと理由があったのだ
29 : 2026/02/19(木) 00:50:27.88 ID:tyrDvKDI0
纏向遺跡は居住の痕跡が殆どない古墳と祭祀の土地だから市場として機能してたとは今のところ言えないね
搬入土器も生活に使うもので交易してたという感じじゃない
おそらく古墳築造のために集まった工事現場のような場所だったと思う

まだまだ発掘が進んでないから出てもいない物を根拠にはできないと思う

30 : 2026/02/19(木) 00:54:33.75 ID:MuBe1tnK0
>>29
纒向遺跡が始まるのは庄内0式
古墳築造は庄内2式からね。工事現場という捉え方では因果が逆転してしまう
また、奈良は平地式建物が多いから住居痕跡は発見しづらいだけ

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