1996年(平成8年)8月9日は、セガサターンで『デスクリムゾン』が発売された日。本日で発売から30周年を迎えました。
『デスクリムゾン』はエコールソフトウェアがパズルゲーム『ぱっぱらぱおーん』に続けて開発、発売した作品。『バーチャコップ』に続くガンコントローラ“バーチャガン”の対応ソフト第2弾でした。
開発スタッフの人数や経験が不足していたなかで、無理にさまざまなアイデアを詰め込もうとした結果、演出や操作性、バランスなどゲーム全体に多くの問題を抱えてしまったそうで、ファミ通のクロスレビューで3、3、4、3の合計13点を記録したことをはじめ、方々でのゲームの評価は散々。しかし、味のあるキャラクターやセリフなどが人気を博し、いまでも多くの人に愛される作品になっています。近年ではアニメ『ポプテピピック』で本作のパロディネタが使われたことでも話題になりましたね。
お笑いコンビ“カミナリ”のふたりがエコールソフトウェアの真鍋賢行社長へ独占インタビューをしている動画では、発売当時の心境や制作秘話などを知ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=NqFBR_KTOjo
逃げ回るうちに謎の遺跡に迷い込み、その最奥部で上に宝石がはめ込まれた3つの扉を発見。ダニーは緑の扉の奥で宝石を、グレッグは青の扉の奥で古文書を、越前は赤の扉の奥で謎の銃“クリムゾン”を手に入れることになります。
ここで本作の迷言である「せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜ」が登場。ユーザーからはなにが“せっかくだから”なのかわからない、赤の扉が赤くないなどとツッコまれていました。
当時中古で安値で買ったから
セガサターンの中古としては高い方ってレベルで、期待するような値段は付いてないぞ
そもそもセガサターンは海外人気がないから全体的にプレミアが付いてない
なお、このシーンは和歌山県和歌山市加太にある友ヶ島の由良要塞跡がロケ地として使われており、聖地巡礼に訪れるファンもいるそうです。
回想パートが終わると時代は1996年に。医師として働いていた越前はヨーロッパを覆う謎の伝染病“KOT”に突き動かされるものを感じて現地へと飛びますが、たどり着いたサロニカの街で彼を待ち受けていたのは異形の魔物たち。越前は手にした“クリムゾン”で魔物を迎え撃ち、事態の真相を突き止めるべく調査を開始する……という展開になっています。
ゲーム部分はコンバット越前の視点で3DCGによって描かれたフィールドに現れる敵キャラクターをガンコントローラで狙い撃つもの。セガサターン付属のコントロールパッドでプレイすることもでき、その場合は方向ボタンで照準カーソルを移動させ、Aボタンで射撃をする操作になります。本作は照準を合わせようとすると自動的に照準がずれるため、この癖を読みながら攻撃をする必要がありました。
敵が何もないところから突如として襲ってきたり、一度ダメージを受けたあとに無敵時間がなかったりと、難易度は高め。ゲームオーバーになると飛ばすことができないメーカーロゴまで戻されるため、テンポも悪くて苦戦させられましたね。
コンバット越前が使う銃“クリムゾン”は敵を倒すことで進化ゲージが上昇し、このゲージが最大になると銃が進化。第1段階は敵の位置を表示する“サイトスコープ”が追加され、第2段階はマシンガンやボムショット、ミサイルなどのオプション銃が使用可能に。第3段階以降は残機が増える仕組みです。
概要
元はCADを業務としていたエコールソフトウェア(以下、エコール)が、パズルゲーム『ぱっぱらぱおーん』に続けて、同社社長真鍋賢行のもとで開発・発売したゲームソフト第2作であり、セガ(後のセガ・インタラクティブ)の『バーチャコップ』に続くガンコントローラー「バーチャガン」対応ソフト第2弾でもあった。
しかし、開発スタッフの人数や経験などが不足していた中で、無理に様々なアイデアを詰め込もうとした結果、オープニングデモに始まり演出・画面描画・操作性・ゲームバランスなどゲーム全体にわたってあまりに多くの問題を抱えてしまった。このことからゲーム雑誌のレビューで厳しい評価がなされ、また購入したユーザーからも酷評を浴びた。その一方で独特の不条理さや不可解な台詞、ゲーム雑誌の読者評価ランキングで最下位の常連となったことなどがかえってゲームファンの注目を集めた。そして「クソゲーの帝王」[2]「最下位帝王」「デス様」[3][4][5]などの異名を付けられ、後に続編が発売されるなどエコールの看板ソフトとなっている[6]。
2018年11月14日、発売から22年を経て作曲者渡辺邦孝によるサウンドトラックCD「Death Crimson Soundtracks」が発売された[7]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%82%BE%E3%83%B3
評価
評価
レビュー結果
媒体 結果
ファミ通 13/40点
セガサターンマガジン 9/30点
SATURN FAN 14.1/30点[31]
雑誌レビュアーの反応
発売前後に刊行されたゲーム雑誌でのレビューでは、こうした問題点を抱えた『デスクリムゾン』に対して厳しい評価が付けられた。
『週刊ファミ通』1996年8月16日号(当時・アスキー、後のエンターブレイン)における「クロスレビュー」では、当時の編集長・浜村弘一(ペンネーム・浜村通信)が、企画自体には理解を示しつつもゲームバランスや難易度、当たり判定に苦言を呈して3点を付けていた[32]。他にも、昔見たアニメを大人になって見たときの感触にたとえ「「昔はこれでよかったんだよな」って感じ」と評した上で、成長する武器システムを楽しむには邪魔が多すぎると4点を付けたレビュー[10]や、「『バーチャコップ』をマネてみたが何もかも及ばなかった、という感じ」と3点を付けた酷評[17]もあった。さらには
レビューをやる中で、ゲームに点数を付けるという行為に限界を感じた1本。鳴り止まないエレクトーンやムササビの存在に制作者のシュールな世界観を見た思いだが、そうした芸術に点数を付けるなど不可能だ。あるいは松本人志氏レベルの超高度な笑いを目指しているのか。
??羽田隆之(3点)[33]
といったものさえあった。各自10点満点(総合40点満点)の中で2点以下は滅多に付けられない『ファミ通』のレビューでは、4人中1人が4点、3人が3点を付けた結果合計13点という極めて低い評価だった。
『セガサターンマガジン』(以下『サタマガ』、ソフトバンク出版事業部)1996年8月9日号においては、完成度「100%」というサンプルに対して、「これマジで出すんですか?」と題されたレビューが寄せられていた。そのレビューは「美しいCG」などと書かれた説明書と実際の画面の出来との落差に対して、「さっさとバーチャガン置いて家に帰りました。詳しいことは右や左のほうを参考にしてください」と2点を付けていた[19]。このレビューの右には「消化不良のシステムが否!」と題して問題点の多さのためにせっかくのアイデアが「かなり損をしていると思う」と評して4点を付けたレビュー[20]が、左には「バーチャガンでも大変だわ」と題して初期クレジットの少なさなどを問題視した3点のレビュー[18]が並び、平均して3点という相当に低い点数である[注 6]。
『SATURN FAN』の読者投票による「ゲーム通信簿」での評価は以下の通りとなっており、30点満点中14.1点となっている[31]。また、1998年に刊行されたゲーム誌『超絶 大技林 ’98年春版』(徳間書店)では、「モンスター達と死闘を繰り広げるガンシューティング。敵を倒すほど武器が成長するというRPGのようなシステムが斬新。しかし、敵の動きが荒い、敵の出現や攻撃の瞬間が不明瞭など、肝心な部分の作り込みが甘く、粗雑な印象を受ける」と紹介されている[31]。
項目 キャラクタ 音楽 お買得度 操作性 熱中度 オリジナリティ 総合
得点 2.0 2.7 2.2 2.2 2.2 2.7 14.1
読者投票ランキング
『サタマガ』の読者投稿レビュー企画「読者レース」においては、1996年11月22日号の初登場において規定投票数到達ソフト297本中297位の最下位、かつ当時の最低平均点「1.0909」を記録した。これは10点から1点までで付ける評価が10人分以上集まったところで初登場となるシステムで、計算上は11人中一人が2点、後は1点でこの点数が出ることになる。同号におけるその一つ上は『大冒険 セントエルモスの奇跡』(パイ)の2.5227点で、それまでにも例のない群を抜いた低成績だった[34]。この初登場時の『デスクリムゾン』への読者レビューにも「ただのゴミ」などと罵倒するものも含めて厳しいコメントが並んだが、中には
個人的には10点だが、客観的には1点。画、曲、音声、ゲーム内容からデモムービーに至るまで、今までの下位ソフトも逃げ出す素晴らしさ。それでいてゲームはしっかりやり込みがいがある。まさに帝王の名にふさわしい。今伝説は始まる(笑)。
??東京都、(個人名略)、22歳
という、『デスクリムゾン』のカルト人気の到来を予見したようなものも見られた[35]。
『サタマガ』の「読者レース」において、後に『スタンバイSay You!』(ヒューマン)が初登場時1.0833点、最低1.0769点と最低点記録を更新する[36]など後発のソフトが最下位となることもあったものの、
『デスクリムゾン』は最下位争いの常連としてランキング寸評でその動向が注目されるなどある種の名物となった。「デス様」という異名は1997年の春ごろにはマニアの間で用いられており[37]、
「読者レース」寸評などでも使われるようになっている[38]。『サタマガ』が『ドリームキャストマガジン』(略称を正式名称にした『ドリマガ』を経て『ゲーマガ』(ソフトバンククリエイティブ))となってからも1999年7月23日増刊号まで継続していた計145回の連載中において、
最下位獲得回数が最多の69回[注 7]・連続最下位記録も最多の18回連続[注 8]という記録を打ち立てつつ最下位でゴールインし、「最下位帝王」の称号を不動のものとした[3]。連載終了後も同年いっぱい募集が続けられた「読者レース」の最終結果は、
全セガサターンソフト1156本[39]のうち有効投票獲得ソフト945本中945位、全得票平均点2.1058である[40]。これは『ぱっぱらぱおーん』の945本中938位・2.4491点[41]を下回った結果となっている[注 9]。
書籍における反応
一方でいわゆる「クソゲー」を取り上げる書籍や雑誌連載においては、その内容や評価のために格好の題材にされてしまっていた[42][43]。
その中でも、『超クソゲー』(太田出版)においては、『デスクリムゾン』のあまりのインパクトに、特に一節を割いてこれについての取材の顛末を記す形を取っている。その過程においてエコールへのインタビューが試みられ、最初は自身の発言を捉えて叩かれることを恐れたエコールから断られたものの、幾度かの折衝の末にファクシミリによるインタビューを行うことに成功している。その回答文は「『※』の意味は『黙して語らず』」と断った上で多くの質問に「※」と返答されたものではあった[44]が、これをきっかけとして同書の筆者らによるエコール社長・真鍋賢行への直接のインタビューが実現、サブカルチャームック『QuickJapan vol.24』(太田出版)にこの模様が掲載された。
ユーザーの反応
エコールの代表取締役でゲームクリエイターである真鍋によると、開発期間がたったの5か月でマスターアップ(開発完了)しなくてはならなかったのだといい、死ぬ気で頑張って働いて作ったものの、発売後しばらくの間にエコールに送り返されてきたアンケート葉書には「4ね!」「56す!」というユーザーの過激な言葉が書かれていたという[45][46][47]。
その一方で、インターネット上には『デスクリムゾン』について取り上げるサイトが次々と現れていた。『デスクリムゾン』をネタにしたページのみならず、これを褒め称えるものもあればエコール社などの最新情報を逐一報告するものもあり、中には「聖地巡礼」と称してエコール本社の入っているビルを訪れたりオープニングのロケ地を探し回ったり、果てはエコール社のアルバイト面接に臨んでその詳細なレポートを挙げるものまで現れた[48]。発売から一年ぐらい経つ頃には、アンケート葉書には「これにめげずに頑張ってください」というような、制作スタッフを慰めるかのようなものも見られたという[45]。
販売された本数が少なかったこともあって、後には市場価格が高騰[3]、2001年頃にはインターネットオークションにおいても高額で取引されていたが、再販されたため[4]流通量が増えて価格が下落し、現在は他のプレミア化したセガサターン用ソフトに比べて比較的安価に入手できる。
頭使えよエアプ
男のケツやチンポをズボンの上から嬉々として握る人だったが
これだけ知ってるやつwww
正 上から来るぞ、気をつけろよ
音が割れてた
デスクリと並べられてた大冒険もクリアした








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