「21世紀に飢え死にするのかと思ったら、なんだかみっともないなって」。大事な切手コレクションも、母の形見の宝石も、金に換えるため手放した。骨張った体を丸め、小さな声で動機を話す男の預金通帳に刻まれた残高はわずか6円だった。
預金残高わずか6円、「21世紀に飢え死にするなんて…」 下町のたばこ店に強盗に入った73歳の職人が生活保護を拒んだ理由とは(47NEWS) - Yahoo!ニュース「21世紀に飢え死にするのかと思ったら、なんだかみっともないなって」。大事な切手コレクションも、母の形見の宝石も、金に換えるため手放した。骨張った体を丸め、小さな声で動機を話す男の預金通帳に刻まれnews.yahoo.co.jp
高市やパソナに悪しき乞食と刷り込まれてるからじゃね?
2023年、東京・江戸川区のたばこ店に刃物を持って押し入り現金5万円を奪った強盗致傷事件の公判。「空腹で頭が真っ白だった」。法廷では、建設現場の職人として下町で静かに生きてきた73歳の被告の男が、困窮を極めて犯罪に走るまでのいきさつが明かされた。(共同通信=助川尭史)
▽高校中退、勤務先は倒産…。70歳を過ぎ無一文に
1952年、8人きょうだいの7番目として生まれた。家はとにかく貧乏だった。きょうだいで唯一高校に通うことができたが授業料が払えず1年で退学。就職した会社は倒産。結婚もしたが妻の浮気が原因で離婚した。それでも工場や建設現場での勤務を転々としながら資格を何個も取得し、JR新小岩駅から徒歩30分、築60年以上のアパートの一室でほそぼそと暮らしてきた。
70歳を過ぎた頃、原因不明の湿疹が脚に広がる病気にかかり、歩くと激痛が走るようになった。体力勝負の仕事は難しく、勤務を続けるのは諦めた。治療を続ける中で症状は徐々に治まっていったが、復帰できるまでには体力は回復しなかった。
生活はごくわずかな年金と70万円ほどの蓄えでしのいだが、それも半年ほどで底を突いた。趣味で集めた切手や母の形見の宝石を売ってなんとか食いつなぐも、やがて1DKの部屋の電気やガスが止まり、食べるものにも困るようになっていった。
最後の食事は1週間ほど前に食パンをかじったきり。空腹は限界に達していた。「このまま飢え死にするのか…」。もうろうとする意識の中で、ふと自宅から400メートルほど離れた小さなたばこ店のことを思い出した。
昭和から続くその店は、90歳近い店主の男性が一人で営んでいた。「あそこなら脅せば金が取れるかもしれない」。家にあった刃渡り18センチほどの釣り用のナイフをトートバッグに入れ、店に向かった。
午後6時40分、鍵のかかっていない裏口から店内に入ると、気が付いた店主が「なんだなんだ」と大きな声を出し始めた。バッグから取り出したナイフを見せたが、声はどんどん大きくなるばかり。「このままだと近所に気づかれる」。思わず左手で首を押さえつけて押し倒し、拳で何度も殴りつけた。ばたばたと手足を動かしていた店主は、やがてぐったりと動かなくなっていった。
「あなた何しているの?」。振り向くと高齢の女性が立っていた。同居している店主の妻の妹だった。「こんなことやめて。罪が重くなるだけよ」
明日食べる物にも困っている身には、説教にしか聞こえなかった。「もうどうなってもいい、金が欲しい」。ナイフを突きつけ、首に手をかけた。「分かった。少しなら出せるから」。女性はクッキー缶におつり用として入れてあった5万円分の現金を差し出した。その手からお札を奪い取った男は、家にナイフを置きに戻ってから近所のスーパーに向かい、買った弁当を店の前でかき込んだ。久しぶりのまともな食事。生き返った気分だった。
空腹が満たされるにつれ、罪悪感が募った。「この金が無くなる前に、仕事を探そう」。だが仕事の当ては見つからないまま3週間が過ぎたころ、自宅に警察官がやってきた。「やっぱり来たと思った。この年で刑務所に入るくらいなら死のう」。部屋に入ってきた警察官にナイフを振り回して抵抗し、自身の左首筋を切ったが一命を取り留めた。
逮捕後、店主はあごを骨折し全治1カ月、女性は首に全治一週間のけがを負ったと聞かされた。「傷つけるつもりはなかったが、飢えには勝てなかった。申し訳ない」
今年5月の東京地裁の法廷。被告人質問で男の口から語られた犯行の一部始終を聞き終えた検察官は「事件を起こす前に行政を頼って生活保護を受給する考えはなかったのか」と問いただした。
数秒の間を置いて、男は吐き出すようにこう弁明した。「同じアパートに生活保護を受けている人がいて、いつもプラプラしているように見えた。自分は学歴もないし、建設以外の仕事もできない。それでも誰にも頼らず生きてきた。そんなプライドのようなものがあったのかもしれない」。
公判では情状証人として、きょうだいで唯一交流があったという10歳離れた姉がつえを突きながら出廷した。弁護人から弟が起こした事件について聞かれると「そんな状況なら私に一言いってほしかった」と悔やんだ。
「ふつつかな弟で申し訳ない」。再び証言台に立った男は頭を下げ、裁判後の生活について「できれば体を治して、もう一度働きたい」とつぶやいた。裁判長から「最後に何か言いたいことは」と聞かれると「安易な考えで相手を傷つけたことを反省しながら償って生きたい」と絞り出すように謝罪した。
1週間後、裁判所が言い渡したのは懲役7年の実刑判決だった。「犯行に至った経緯に同情する余地がないわけではないが、犯罪をしてよい理由になるものでなく、考慮するにも限界がある」。そう淡々と読み上げた裁判長は、閉廷を告げると足早に去って行った。
服役を終えるころには80歳近くになる。男はぼうぜんとした表情のまま誰もいなくなった法壇をじっと見つめていた。傍らの刑務官から手錠をかけられると、うなだれながら法廷を後にした。弁護側、検察側双方が控訴せず判決は確定した。
強盗できるんなら働けるだろ
ちゃんと役所行って復讐しろ
登山しようよ
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