俺はパチプロを目指す決心をした。仕事も辞めたしもう俺を誰にも止められない。　梁山泊に入るんだ

https://mainichi.jp/articles/20201206/ddm/010/040/112000c

深かった、父の心の傷

大学ノート１４ページにわたって自分と家族の歩みがびっしりと書き込まれていた。「私と母さん夫婦の生きてきた歴史の一端を今初めて語ります。お前さんの便りを読んで話をしてもいいかなと思いました。私たちの背中を見て育ってくれたと思っていましたので、黙ってあの世に持って行こうと決めていましたけれど……」

　熊本市に住む元高校教諭、青木栄さん（５９）は、父の辰次さんが大学ノートに書いた文字を追った。今初めて語る――。それは、これまで家族にも語ってこなかった、長崎で被爆した体験と戦後の歩みだった。息子からの手紙に対する「返信」という形で父から大学ノートが届いたのは、長崎の原爆投下から５５年もの年月がたった２０００年９月のことだった。

　長い年月、父子の間には深い溝があった。青木さんが中学、高校に通っていた頃、辰次さんは親族が経営するパチンコ店で働いていた。多感な時期とも重なり、父がその仕事に就いた経緯も知らないまま、ただ父の職業を嫌っていた。早朝から深夜まで働き続ける父と話をしなくなり、友人にも父の仕事を隠し通した。「おやじたちみたいな生き方はしない」

　高校３年の冬、大学進学に向けた奨学金の面接で、父の仕事のことを聞かれたことで青木さんの思いは一層強まった。「お父さんの勤務先が○○商事とありますが、どういうお仕事ですか」。答えに窮した。「遊技場関係です」。何とか言葉を絞り出したが、「具体的には何ですか」とさらに詳しく聞かれて黙り込んだ。

　「何でおやじはパチンコ店なんかで働きよっとや。おやじがパチンコ店なんかに勤めとるけんが、俺がきつか目に遭わなんとたい」。込み上げてきたのは面接官への怒りや、胸を張って父の勤務先を答えられなかった自らの情けなさではなかった。そこにあったのは辰次さんへの反発心。父との距離はさらに広がった。
辰次さんはパチンコ店に１０年勤務した１９８３年、胃がんの手術を受けた。５５歳の時だった。そして翌年、青木さんに「長崎で被爆した」とだけ初めて明かした。手術時の輸血が原因で肝炎になり、入退院を繰り返した。病と闘いながら、佐賀県嬉野市の自宅近くにある幼稚園で、バス運転手を１５年間務めた。園では竹馬を作ったり、オタマジャクシの池をこしらえたりし、園児に慕われた。

　一方、熊本で高校教諭になり、平和教育に携わっていた青木さんは「なぜ被爆した体験を語らないのか」というわだかまりがずっと拭えずにいた。
寒い日だった。９５年１月、青木さんは思い切って辰次さんを誘って長崎を訪れた。２人で市街地が一望できる稲佐山に登った。辰次さんは山頂から南に見える三菱重工長崎造船所と東１・８キロの長崎駅付近を指さし、「造船所で働いたが、その日だけ駅に資材を取りに行き、あそこで被爆した。爆風で吹き飛ばされて海に落ちたが、５時間後に船で救助されて助かった」と打ち明けた。初めて父が語った被爆体験を聞き、青木さんは自分の命とのつながりを感じた。「よう生きててくれたな」。その後、平和祈念像がある平和公園などを巡ったが、辰次さんの口調は終始淡々としていた。