オートレーサーの鈴木辰己さん=浜松所属、13期=は、2026年1月24日に埼玉県川口オートレース場で行われた第2レース4周回4コーナーで落車し、後続車と接触。市内の病院に救急搬送され、手当を施されたが多発性損傷により翌25日に死去した。72歳だった。
オートレース界の殉職者は97人目、落車による殉職は2021年12月3日の黒岩明さん以来だった。
古きよき昭和の時代からこの競技をけん引し続けてきた『浜松の永代エース』が、突然の痛ましい落車事故で、その生涯を閉じた。
鈴木さんは1953年3月11日に生まれ、1975年3月24日に選手登録された。
他のライバルたちを圧倒する絶対的なスタート力を武器に業界有数のトップレーサーとなり、これまで通算1560勝、優勝107回を記録した。1990年には第9回オールスターオートレース(川口)を制して、SGタイトルを獲得。50年以上に及ぶキャリアを長らく重ね、数々の偉業を達成し続けた。
まさに、昭和気質のザ・ギャンブルレーサーだった。仕事には常に厳しい名匠で、寡黙な印象が強かった。70歳を優に越える年齢になっても、老眼鏡を着用し、工具を握り締めて、若手たち以上にマシン整備を敢行した。
その成果が実を結んで勝利した後、取材に向かっても「まあ、長いことやっていればたまに勝てることもあるよ。そんなに簡単で甘い世界じゃないんだ」と多くを語らず、表情を変えなかった。
でも、愛娘の話題を振ってみると、厳しい勝負師の面構えを一気に緩めて、とたんに饒舌(じょうぜつ)になった。
人気女子ボートレーサーの成美さんは、偉大なる父の背を追って、同じ公営競技の道を志した。「ボートレースの世界は本当に大変だと思うけれど、成美は成美なりによく頑張っているよ。そういえばさ、この前ね、うちの自宅に成美と仲のいいボート選手たちがみんなで遊びに来てくれたんだよ。みんなでワイワイと楽しかったなあ。それにしても三浦永理はホントに酒が強いわ」と仕事の話題ではまずこぼすことのない穏やかスマイルが一向に絶えなかった。
昨年11月には辰己さんの孫、成美さんの甥にあたる藤田康生さんがボートレーサーとしてデビューした。「孫はね、大学に在学しながらボートの養成所に行って選手になったんだよね。本当にすごいでしょ(うれしそうに)。勉学との両立なんてなかなかできるもんじゃないからね。立派だよ。自分はあと何年選手を続けることができるかわからないけれど、娘や孫もみんな頑張っているからね。それはすごく励みになるんだ。見習って自分ももう少し頑張ってみようという気になれるし、毎日、毎日、家族のレース結果をチェックするのはすごく楽しいからね。あっ、千社札シールをプレゼントするよ。これ、もらってよ」と、愛するファミリーの話題を終えると、名前の入った一枚のシールを手渡された。確認すると「鈴木成美」とあった。
「はははっ。自分のシールなんて誰も欲しがらないだろ。これからも成美を応援してやってよ」と深く頭を下げられた。
不世出の古豪が50年以上も駆け抜けた地元浜松には、これまで多くのスターレーサーが誕生し続けてきた。平成の時代には伊藤信夫、木村武之、金子大輔らがシーンのトップに君臨した。令和になると鈴木圭一郎が業界を席けんした。
しかし、いにしえからのオールド客だけでなく、年齢層の若いファンの心にだってしっかりと刻まれている。「遠州に快速ゲイリーあり。浜松のエースは、やっぱりレジェンド辰己なんだ」ということを。みんな忘れません。
辰己さん、本当におつかれさまでした。ごくろうさまでした。ありがとうございました。天国からオートレースと家族の活躍と安全を、どうぞ見守っていてください。(淡路 哲雄)
https://news.yahoo.co.jp/articles/caa3fceb622b4ff26ef3bb8a75f9d5f24e0cd8a1
😨
今日丁度そんな話をしてた
成績が悪い選手は足切りされるがそこそこ以上なら自分がやりたければ年齢関係なく続けられる
公営競技の選手ではオートの平均年齢が一番高い
現役最年長は同じ浜松だが別人の鈴木章夫79歳
境界知能向けの賭博
川口が衰退する理由のひとつやろ
オートは高齢でもやれるしマジでお疲れさん
オート>競輪>競艇>競馬
ご冥福をお祈りします
すごい!!なんか思い出話ないですか?
みんな亡くなられた
次はボートだからやっぱエンジンついた乗り物に乗ってレースする競技は危険




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